死生観光トランプ(幽霊)

No.1

ユクイ人は死者の霊は口から出ていくと考えるので、危篤のさいには霊がでないように息を吹きつけたり、痰を飲み込ませたりする。

場所:ボリビア

No.2

アマハカ人は死者が出ると火葬にして遺灰は川に流すが、残った骨や歯は砕いてスープに入れて近親者で飲み干す習慣があった。

場所:南米

No.3

ウクライナ人は死者が出ると最上の服装を着せる。未婚女性の場合は結婚衣装を着せる風習があった。

場所:ウクライナ

No.4

チベット密教では、鳥に遺体をついばませる鳥葬をする地域がある。死んだ者は鳥によって天に導かれると信じられているようです。また、チベット密教では輪廻転生が信じられており、魂のぬけた肉体は自然に還すという合理的な意味もある。

場所:チベット

No.5

アルゼンチンでは、子どもが死んでも嘆き悲しんではいけないという。なぜなら、子どもは死ぬと天使になると考えられており、周囲の人間が悲しんで涙を流すと天使の羽が濡れて子どもが天国に行けなくなってしまうから。

場所:アルゼンチン

No.6

トバ人は死者が出ると、死者の所持品は全て焼却する。家すらも燃やされて、遺族は新築の家が建てられて、そこに移る。

場所:パラグアイ

No.7

カナダのある地域では、悪霊を喜ばせるために、通夜は陽気にふるまう風習がある。パントマイムや歌を披露し、遺体に釣糸をつけてお辞儀をさせたり、手をふらせたり、棺から起き上がらせたりする。

場所:カナダ

No.8

古代北欧では、「舟葬」といって、遺体は舟のなかで焼かれた。貧しいものは小さな舟を作り、そのなかで遺体を焼き死者を弔っていた。お金持ちの場合には、盛大な葬式宴をひらき、大きな船を作り、死者のために食料や贈答品などの副葬品を入れていたようです。

場所:北欧

No.9

アイヌ民族は人は死んだら「下界」にいくと考えていました。そして、現世と下界の時間軸は逆さまのようで、現世が昼なら下界は夜で、現世が夏なら下界は冬。

場所:日本 北海道周辺

No.10

ハイチでは、憎い相手を毒殺するために用いる「グーファー・ダスト」といって、墓場の古い土を掘り出し、飲み物に混ぜるものが恐れられていた。

場所:ハイチ

No.11

死者の都市と呼ばれる「エル・マデーフェン」には居間や台所、洗面所など生活が可能な巨大な廟があり、墓守が住んでいる。しかし、無許可で勝手に(難民や脱獄犯など)が住みついているとのこと。

場所:エジプト・アラブ

No.12

三途の川の手前にある賽の河原には、親よりも先に死んだ子どもが石積をしているが、鬼が来て石積みをして塔を作っても崩されてしまうと考えられていた。

場所:冥土

No.13

ガンジス川は聖なる川とされ、インドやネパールで多数派を占めるヒンドゥー教徒の間では、遺灰をガンジス川に流す習慣がある。

場所:インド

死生観光トランプ(ろうそく)

No.1

フランスでは、第一次大戦で戦死した兵士の婚約者の要望により、世界で唯一「死後婚」が認められている。死後婚が認められるのは、生前の婚約を証明することであり、姓を名乗ることはできるが、相続権はないようです。

場所:フランス

No.2

ヨーロッパではエジプトのミイラの粉末(ミイラ・パウダー)を飲めばどんな病気でも治る万病薬になると考られていたようです。そのためにエジプトの墓を荒らす専門業者が出現し、数多くのミイラが失われたこともあったとのこと。

場所:欧州

No.3

現、愛媛県宇和島市では、かつて死者は死弁当を携えて、善光寺参りをすると言われていた。そのため、墓前には茶碗飯をお供えし、握り飯は四方に投げつける風習があったとのこと。

場所:日本 四国地方

No.4

古代エジプト人は人が死ぬと魂が抜け、死者の国にいくと信じられていた。魂は永遠不滅と考え、いつか再生すると信じられていた。だから、魂が還ってこれるように「ミイラ」を作っていた。ちなみに「猫のミイラ」なんてのも。

場所:エジプト

No.5

アピアカ人は、かつて自分の夫が死ぬと、未亡人は亡き夫が白骨化するまで顔を黒く塗り、髪を切って、墓の傍らのハンモックに横たわっていたという。

場所:ブラジル

No.6

中世のイギリスには「罪食い」と呼ばれる習慣があった。死者が出るとその心臓の上に食物を置き、それを誰かが食べると死者の罪が許されると考えられていた。

場所:イギリス

No.7

日本各地では「魂よばい/魂呼び」という風習があった。死者が出ると屋根の上に上って、西に向かって「かえせ!もどせ!」と叫ぶと甦る、と考えられていた。

場所:日本全国

No.8

18世紀のイギリスでは蜜蜂が死者の跡を追うという信仰があった。死者が出ると遺族は、蜜蜂の巣箱をノックして、巣箱に喪章を巻き、蜂が死者の跡を追わないようにと祈っていた。

場所:イギリス

No.9

ニジェールからマリにかけて住む遊牧民族のトアグレ人は、死霊は睡眠中を除いて生者につきまとい、共に生者と旅を続けるとされる。

場所:ニジェール

No.10

マカ人は、死者がでると遺体を叩いたり、踏みつけたりする。そうすることで死霊を追い払い、天国に昇天できると考えていた。

場所:南米

No.11

ガーナでは、葬儀の大きさが死者の名声に比例すると考えられているので、新聞での葬儀の広告が派手になる。一流新聞の『デイリー・グラフィック』の全16ページ中4ページが毎日、死亡広告で埋まり「ゴースト・デイリー」と皮肉られることも。

場所:ガーナ

No.12

イヌイットは肉体は滅びても魂は永遠だ、という死生観のもと、生まれてきた子に死者の名前をつけ、死者の魂を子どもに宿らせる。

場所:カナダ・グリーンランド

No.13

孫の輿(まごのこし)。葬式で、祖父母の棺を担ぐのは孫の役割とされており、孫が生まれると「孫の輿」をしてくれることを最も喜んでいた。他人も「もう孫の輿に乗れますな!」と冗談なんかも言っていたそう。

場所:日本 関西地方

死生観トランプ(ジョーカー)

No.1

日本の浄土真宗では、亡くなると、すぐに極楽浄土に生まれ、仏となる。仏となった者は、またこの世に還ってきて、生きている人たちに仏法とのご縁をつくるためにはたらく。

場所:東アジア

No.2

ジプシーは人が死ぬと「そんな人間はこの世にはいなかった」と考える。名前も口にしない。思い出話もしない。遺品も残さない。そんな人元々、この世にいなかった。つまり「誰も死なない」。この世には常に生きている人間しかいない。

場所:欧州

死生観光トランプ(線香)

No.1

ロシア系の習慣で、死者が出ると、その通夜には喪主の家に集まって会食がひらかれる。食卓には、ウォッカが注がれた一個余分のコップとパンが、亡くなった方の食事として並べられる。

場所:トルクメニスタン

No.2

武蔵大里群(現、埼玉県)では葬儀で僧侶が読経するあいだ、一本箸でご飯を食べる風習があった。こうすると死者が寂しくないという。

場所:日本 関東地方

No.3

アマゾンのヤノマミ人は、蟻葬」と言って、死者をバナナの葉にくるみ、白蟻の塚に放り込んでいた。蟻が死者を食べつくすのを見計らい、塚を焼いて精霊になったことを神に報告していた。

場所:アマゾン

No.4

フランス・ブルターニュの民間信仰では、人が死ぬと魂が抜け、ハエになると考えられていた。また、フィリピン・スーロッド人は、死者はコオロギになると信じられていた。しかし、遺族たちが死の儀式に失敗したときには、死者が罰としてコオロギにされる場合もあるようで。。

場所:フランス・フィリピン

No.5

ゾウが群れで移動していて、他のゾウの遺体を発見すると、葉や草で遺体を覆うことが目撃された。また、飛んできた4羽のカササギが、死んでいる1羽のカササギの遺体の上にくわえてきた草をそっと置いている様子も。4羽はまるで「黙祷」するかのように佇み、しばらくして飛び去ったという。

場所:地球

No.6

古代日本・五行思想では、死者は地底世界にいくと考えられ、黄泉の地底世界に行くことになってた。黄泉は島根県にある「黄泉平坂」という坂道で、現世とつながっていたそうです。

場所:日本 中国地方

No.7

『魏志倭人伝』によれば、3世紀の倭人は「人が死ぬと棺の中にいれ、土で封して塚をつくる。その後、十余日は肉をたべない。喪主は哭泣し、他人は歌舞飲酒につく」と書かれている。

場所:邪馬台国

No.8

道教では人が死ぬと魂は抜け、残った肉体は「魄」(ぱく)となる。これが恨みを残したりすると魂のない魄の妖怪=「キョンシー」(僵尸)になる。

場所:中国

No.9

昔は嫁入りする時に故郷から柿の木を持ってきて家の裏に植えた。嫁が死ぬと、その柿の木を柴にして死体を火葬にしたという。

場所:日本 関西地方

No.10

アンデス山中に住むピロ人は、死者の霊は死んでからも住み慣れた場所を彷徨して、パパイヤを食べると信じられている。

場所:ペルー

No.11

ジョージア州アトランタは車社会なので、葬儀会場の側面がガラス張りになっていて、一般会葬者は車に乗ったまま、ガラス越しに遺体を眺めて最後の告別ができるところがあるそうです。

場所:アメリカ

No.12

アボリジニでは、死者を土葬にする。10ヶ月経つと土を掘り返し、まだ骨に残っている肉を削ぎ取り、親族で焼いて食べる。死者の残った肉を食することで、その人のパワーを引き継ぐと考えられている。

場所:オーストラリア

No.13

アメリカには蘇生が可能になる未来まで、人間を冷凍保存する会社があるという。すでに70人ほどが冷凍保存されおり、全身は20万ドル。頭部のみは8万ドルで冷凍保蔵が可能なようです。

場所:アメリカ

死生観光トランプ(ドクロ)

No.1

エクアドルのヒバロ人は、かつて首狩の風習があった。殺した人間の首を煮沸、乾燥して干し首にする。祭礼の飾りだが持ち主が死ぬと、その首飾りも副葬品として埋葬した。一時期は土産物として売られていたようです。現在は法律で禁止されている。

場所:エクアドル

No.2

アイルランドの民間信仰では、死後に肉体から魂が離れると、魂はチョウになると考えられていました。

場所:アイルランド

No.3

死者が80歳以上の場合、「天寿全うの大往生」と捉え、慶事と考える。また、葬儀は一生に一度の最大行事として盛大に行われた。かつて、富豪の葬儀ではストリップなども行われたが、さすがに度が過ぎると禁止された。

場所:台湾

No.4

遺体を凍結乾燥させて粉砕。その後は肥料にして、土へかえし草木の栄養となる新しい埋葬法「プロメッション」。遺体を大地に還そうという究極のエコな葬儀が考えられていた。

場所:スウェーデン

No.5

ミスキト族は、死の予告が夢の中で現れると考えられている。

場所:ホンジュラス

No.6

オトミ人は、死者が出ても喪家の前を動物が通り過ぎるまで遺体を埋葬をしない。動物が通ることが天使が家に到着したことを意味し、その天使が死者の霊を天国に連れて行ってくれると信じられているため。

場所:メキシコ

No.7

エスプリッツ・サント島では昔の伝統生活を保持する「ナグリアメル運動」というものがあり、人が亡くなっても埋葬をしないで家の中の穴に堀り、ミイラとして安置して一緒に生活する。

場所:バヌアツ

No.8

オヒンバ人は、葬儀の際には羊が生贄として弔問客にふるまわれる。羊の胃袋は故人の後継者がネックレスのように身につける。

場所:ナミビア

No.9

マノボー人は、死んでも何も変わらない、という考え方。死の国「イブー」があるが、それは現世の延長線上にある世界という。そこでも結婚したり、子供を産んだり、仕事をしたりして、日常の生活が永遠に続いていく。

場所:フィリピン

No.10

西アフリカ・エド人は、人間はこの世とあの世を14回輪廻すると考える。そのあいだに霊は創造神に語りかけ、その承認を受けて、あの世の祖先に合流するという。

場所:ベナン

No.11

かつて、遺体は指定した場所に運んで野性の狼、狐、禿鷹など食べさせる曝葬(ばくそう)が行われていた。3日以内に骨を残して綺麗に食べ尽くされると人徳があると言われていたよう。

場所:モンゴル

No.12

イスラームでは「審判の日」に大天使ガブリエルがやってきてラッパを吹くと、死者は全員蘇る、と信じられている。復活後には、神アラーの審判があり、善行者は平安を与えられるが、信仰が不真面目だった者は永遠の苦を与えられるようです。

場所:中東

No.13

儒教の考えが根付いており、儒教には葬式での「哭礼(こくれい)の儀式」というしきたりがある。親を亡くした子どもは悲しみのあまり声を出して泣くことができないので、周囲の者が代わりに大声を上げて泣いたのが習慣となった。また、日本全国各地でも「泣き女」を雇う集落もあり、葬儀で大袈裟に泣くことで故人の霊を慰めると信じられていた。給料は米で、「五合泣き」「一升泣き」「三升泣き」「五升泣き」と米の量によって泣き方が変わったという。

場所:韓国

祝・ウェブサイト開設

はじめまして。ワカゾーです。この度は私たちのウェブサイトを覗いてくださって有り難うございます。

私たちワカゾーは、かつて京都で時間をともにした若い僧侶で結成された、有志団体です。現在の主な活動は、死についてカジュアルに話したり考えたりできるワークショップDeathcafe(デスカフェ)の開催です。

タイトルからして何ともインパクトの強いデスカフェですが、僧侶として一体何ができるのだろうか、という問いから生じました。

僧侶とは、私たちのいのちについて語ることができる存在。そのいのちとは、生も老も病も死もすべて含んだもの。しかし、生について話すように、死についても気軽に話したいのに、そうした場はなかなかない。ならば、カフェのように、死についてカジュアルに話せる場を作ってみよう! … … そうして、2015年からお寺を会場としてデスカフェをはじめました。

当初は自分たちの身近な方と話せたらと思っていましたが、口コミで広めていただいたこともあり、気づけば10代から60代まで色んな方々にご参加頂きました。

そしてまた、デスカフェを自分たちでも開催してみたいという声も、少しずついただくようになりました。

そうした中で、これまでに“ワカゾー”が培ってきた様々なものをまとめ、誰にでも見てもらえるようにという想いのもとで公開したのが、本サイトです。まだまだ、これからどんどん工夫していきたいと思いますので、是非また覗いてみてください。